東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1635号 判決 1985年12月13日
控訴人
戸島弘隆
右訴訟代理人弁護士
長倉澄
控訴人
戸島僚二
右訴訟代理人弁護士
高城俊郎
控訴人
戸島鐵雄
右訴訟代理人弁護士
矢島邦茂
被控訴人
戸島錝太郎
右訴訟代理人弁護士
富田政義
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の申立て
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、原判決別紙目録記載の各不動産について、三分の一の共有持分権を有しないことを確認する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件各控訴を棄却する。
第二 当事者の主張
次のとおり附加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一 原判決三枚目表六行目に「女性」とある次に「大阪チエ」を加える。
二 原判決四枚目裏一行目を「再抗弁事実中、被控訴人が昭和二六年以降み子及び控訴人らと別居していたこと及び昭和五一年にみ子から弁護士を通じて被控訴人に離婚の話があつたことは認めるが、その余はすべて否認する。」と改める。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因事実、すなわち、み子が本件不動産を所有していたこと、み子が昭和五三年六月三日死亡し、控訴人らがいずれもみ子の子であること、被控訴人が控訴人らに対し、本件不動産につき三分の一の共有持分権を有すると主張していること及び抗弁事実、すなわち、被控訴人とみ子が昭和一〇年六月二〇日婚姻の届出をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二そこで、被控訴人が戸籍上み子の配偶者であるとして本件不動産につき相続権を主張することは、権利濫用の法理、信義則に照らして許されない旨の控訴人らの再抗弁について判断する。
1 現行法上、相続権を剥奪する制度としては、相続欠格及び推定相続人廃除があるのみであるところ、控訴人らの主張する再抗弁事実が相続欠格事由に該当しないこと、控訴人らが推定相続人廃除を主張するものでないことは、いずれもその主張自体に徴し、明らかである。
そして、相続権の有無、その内容は、身分法の基本的秩序を構成するものというべきであるから、法の規定するほかは、生前における被相続人と相続人との間の親疎の関係によつてたやすく相続権そのもの、ないしはその行使を剥奪又は制限すべきでないとするのが、法の趣旨であることは疑いのないところというべきである。
2 これを本件についてみるに、被控訴人が昭和二六年以降み子及び控訴人らと別居していたこと、昭和五一年にみ子から弁護士を通じて被控訴人に離婚の話があつたことは当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
被控訴人は、昭和一〇年み子と婚姻し、同女との間に昭和一四年控訴人弘隆、同一六年控訴人僚二、同一九年控訴人鐵雄をもうけ、日本そば屋を営んでいた。
被控訴人は、昭和一九年応召、同二一年復員し、一家は港区芝白金丹波町に建物を購入して居住し、被控訴人夫婦は、品川駅前の闇市で飲食関係の商売をするようになり、これによる貯えによつて昭和二五年ころ麻布山元町に建物を求め、転居した。
被控訴人夫婦の仲は、被控訴人の復員後、次第に円満さを欠くに至り、被控訴人は、昭和二五年ころ飲み屋で知り合つた大阪チエと親密の度を深め、そのころから同女と同棲するようになつた。
昭和二六年ころ、み子は、前記山元町の建物を処分し、その処分代金に被控訴人と共に前記闇市の商売で貯えた手持金を加え、不足分は他から借金して、墨田区太平町に原判決別紙目録記載一、二の土地を購入し、同土地上に同目録記載三、四の建物を新築し、同建物に控訴人らと居住して日本そば屋「さらしな」の営業を開始した。
一方、被控訴人は、チエとの同棲生活を続け、時折墨田区太平町のみ子方を訪れることもあり、あるいは控訴人二とは昭和四九年ころまで若干の交流があつたが、み子及び他の控訴人らとは全く行き来がなく、婚姻費用の分担もしないまま推移した。
昭和五一年に至り、み子は、被控訴人との離婚を考え、控訴人二の友人である高城俊郎弁護士(本件訴訟代理人)が依頼を受けて被控訴人と一、二回話し合つた。これに対し、被控訴人は、興奮した態度で、応召中から復員直後ころにかけてのみ子の行動等を一方的に非難し、まずこれに対するみ子の謝罪がなければ離婚には応じられない、として離婚を拒否した。み子は、被控訴人の従前の性行からして、離婚は容易には実現しないものと考え、離婚の交渉を続けることを断念した。
その後、み子は、遺言書を作成することもなく、前判示のとおり昭和五三年六月三日死亡した。
被控訴人は、正式にチエとの婚姻を届け出て、現在も同女と同棲している。
以上のとおり認められ、<証拠>中右認定の趣旨に反する部分はにわかに採用することができず、そのほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 右認定の事実によれば、被控訴人とみ子との間には昭和二五年ころから約三〇年にわたつて夫婦の実体はなく、被控訴人はその間他の女性チエと実質的に夫婦としての生活を送つてきたものであり、み子死亡当時被控訴人とみ子間の夫婦関係はもはや回復しうべき状態にはなかつたものというほかはないうえ、このような状態に立ち至るについては、専らか、あるいは少なくとも主として被控訴人に責任があつたものであり、控訴人ら主張の再抗弁事実中以上の諸事情はこれを肯認することができる。
しかしながら、一方、被控訴人が品川の闇市での稼働によつて原判決別紙目録記載一ないし四の不動産の取得に多少の貢献をしていること、み子があくまで被控訴人との離婚を望んでいたのであれば、法的手段に訴えてでもこれを実現することにそれ程の困難は必ずしもなかつたはずであると思われるのに、昭和五一年高城弁護士に一、二回離婚交渉をしてもらつただけで、それ以上の手段をとらなかつたこと、このことは、被控訴人の従前の性行を考慮したという事情はあるにせよ、同女の離婚の決意がそれ程固いものではなかつたことを示すものと考えざるをえないこと、同女としては、遺言書を作成することによつて、被控訴人を相続から排除するか、その取得分を法定相続分より少なくすることも可能であつたのに、そのような処置を講じていないこと、以上の諸点も無視することはできない。そして、以上の諸点に、相続権を剥奪する制度を相続欠格及び推定相続人廃除の二つに限定している前判示の法の趣旨をあわせ考えれば、本項前段判示の諸事情があるからといつて、被控訴人がみ子の配偶者として本件不動産につき相続権を主張すること、権利濫用の法理、信義則に照らして許されないものとまではにわかに断ずることができないというべきである。
よつて、控訴人らの再抗弁は採用することができない。
三そうすると、控訴人らの本訴各請求は失当としてこれを棄却すべきであり、これと結論において同旨の原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官増井和男 裁判官河本誠之)